陸上競技部 スタッフ
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短距離・跳躍・投擲監督
千野達也(ちのたつや)
昭和38年生まれ
出身校: 保善高校/ 東海大学体育学部
保健体育科教諭
高校生活においてクラブ活動とは、人格形成の一端を担っていると考えます。
クラスや学年内だけの人との交わりではなく、先輩や後輩、他校の生徒など、色々な人との交わりが将来自分にとって財産となる事でしょう。
そう意味で保善陸上部では、試合時の補助員や試合後のゴミ集めを率先して行うようにしています。
強さや速さだけでなく、保善高校の陸上競技部を卒業し十年後、二十年後を常に考え指導しています。
ですから陸上競技が好きな者(やる気のある者)であれば、走るのが速いとか遅いとかは一切関係なく、経験者・未経験者も問いません。
事実、ハンマー投げで活躍した星君(上板橋三中)は中学校時代、パソコン部に所属していました。
同じくハンマー投げと円盤投げで活躍した友野君(浜川中)は、中学時代は陸上競技部に所属していましたが、校内マラソン大会で活躍する程度で、都大会にも出場したことのない無名・素人選手でした。
また体力や体格的なことも、入部するのに一切関係ありません。
現在は全国レベルの星君も入学当時の身長は170センチ、体重は72キロほどでした。強くなるために一番大事なことは、自分自身で考えて陸上競技に取り組むことを、いかに学べるかだと思います。
私の指導は10のことを学ぶ必要がある時、7か8しか教えません。
指導されたことを基に、自分で残りの2~3を考え埋めることで、やがて自分自身で組み立てが出来るようになります。
押し付けで10を詰め込んでも、水でいっぱいのコップの様にそれ以上は入りません。
少しでも空き(ゆとり)があれば、また水を入れることが出来ます。
保善高校陸上競技部は陸上競技が好きな人・やる気のある人なら誰でも入れるクラブです。
そういう人材を常に求めています。

中長距離・駅伝監督
卜部昌次(うらべしょうじ)
昭和40年生まれ
出身校:保善高校/中央大学経済学部
社会科教諭
保善高校陸上部では、これまで全国高校駅伝に15回出場してきました。
しかし、保善の部員は常にエリートランナーだけの集まりではありません。
中学時代から活躍し高校でも活躍した選手もいる中で、全くの素人や他のスポーツをやっていた無名の選手が、保善陸上部に入部してから強くなることも多くありました。
中学時代に優秀な成績で入部する選手と、未経験または無名の選手が互いに刺激を受けあい、やがてそのエネルギーが相乗効果としてチームの強いエネルギーとなる。
たとえ5000mで20分以上のタイムの選手でも、全国を目指す選手でも自分の目標とチームの目標を考え、お互いを理解しあいチーム一丸となってレースに臨む。
それが保善高校陸上競技部です。
また平素の練習や年数回ある合宿などを通じ、練習の苦しさや団体生活の中でのチームワークなどを学び、人間として大切な心やケジメなどを身に付けてもらう。そのことが卒業後の人生に大きく役立つものと思います。
保善陸上競技部では、競技者としてまた人として強くなりたい人を待っています。


最近では部活や仕事で精神論を唱えたり口うるさかったりすると、「昭和だな」とか「昭和のやり方」などと"昭和"を悪いイメージと捉える人たちがいます。
私は普段から「昭和な教えで何が悪い」と思っている一人ですが、それはただ厳しいだけのスパルタが良いという意味ではありません。生きる上で根気・忍耐・意志力や判断力を身につけて行くうえで、”うるさく言われたくない”とか”面倒なのは嫌”といった「楽」を選びがちな思考回路で果たして良いのでしょうか?
”厳しい事”や”うるさい事”も、なぜ必要なのかを理解させながら指導していれば、頑張って取り組む選手も多くいて「今どきの若者もまんざら捨てたもんじゃない」と感じさせてくれる事がよくあります。
我慢することや耐えることは大事であり、競技会などで自分が終始主導権を握り「思い通り」のレースを経験できる人はそう多くはいません。レベルが高くなるほど力は拮抗し様々な駆け引きの末に勝敗が決するので、力があっても必ずしも自分が勝てるとは限らず、仮に勝者だけが「思い通り」のレースができたとした時、全てのレースを通して「思い通りにならない」レースとなった人の方が圧倒的に多いという事になります。
一生懸命努力していても思い描いた様な結果を得ることが出来ないことは多々あり、この「思い通りにならない」という感情(不条理)を味わいながらも打開策を考え、次の準備を進め再挑戦するというプロセスが大切で、競技者としては勿論のことながら、やがて社会人となった時にも必ず役立つものと信じています。
我が校でも各選手”勝つ”ことや”目標を達成"に向け日々トレーニングに取り組んでいますが、このプロセスの中で「現状の自分」と「目標とするレベル」との差を正しく認識させることが非常に重要だと思っています。
まず一つ目の柱[肉体面]として目標とするレベルに達する為に身体能力を向上させることを考えますが、トレーニング内容をやみくもにキツくするのでなく、理論的な背景を基にレベルに応じて強度や頻度を組み立てていきます。
もう一つの大事な柱[精神面]として練習や日々の生活を通じて「思考力」・「対応力」などの強化も考えねばなりません。
練習でもレースでも自分の「力の活かしどころ」や「粘りどころ」が考えられない選手はなかなか結果が出せないことが多いと思いますが、「思考」を重ね自分の強みや弱点が見えるようになる事で、「何を(あるいはどこを)強化すべきか」という「対応力」が備わってきます。
もう一つ重要となるのが心に感じる「マジかよ」・「キツイ」・「苦しい」という気持ちです。この「不条理感」はレース(競技)や練習中にたくさん潜んでいますが、自分のレベルが上がるにつれ以前は「マジ・キツイ・苦しい」と感じたことが、同じ事をしても「このぐらいは当たり前」と受け取れるようになり、心身ともに成長した自分を実感できるようになってくるはずです。
精神面を鍛えるからといって毎日キツイ練習メニューばかりは出来ませんが、時に合宿や普段のポイントとなる練習でつらい設定で走ったり、起伏の激しい山を走ったりと、肉体的負荷がかかることで「不条理感」をたっぷり味わうことが出来ます。
また普段の学校生活や部活動の中では「家族・仲間・学業・競技・自分」に向き合いながら礼儀やマナーを重んじ、知識や責任感・協調性・感謝する気持ちなど様々なことを学びます。
時として礼儀を欠くようなことがあったり、練習で手を抜いているときには厳しく叱られる事もあり、こうした時「マジかよ」とか「うるせ-な」とついつい思ったりしますが、その思考レベルのままでは普通の若者の思考で終わってしまいます。なぜ注意を受けたのか、また指摘された部分を改善する事で何が変わるかを考えていくことで、「不条理」に対する「耐性」が身についてくるはずです。
今どきは「ブラック」と言われることを恐れ「きつく言ったらへそを曲げる」とか「うるさく言うと嫌われる」という理由で他者へ注意しづらい風潮があり、叱られる機会が少ない”若い世代”が普通となってしまいました。果たして、そういう環境しか知らない若者が社会人となり実際の現場で厳しく注意されたり叱責されたら、どのような対応(反応)・社会的責任を果たしていけるのか疑問に思います…。<フリーズ? 逆切れ? 出社拒否?>
競技を志す人間であれば結果は出来るだけ良い方がいいに決まっていますが、結果の如何にかかわらず次なるステップや違うステージに歩みを進める際、より良い判断をするために「どういう考えをもって競技に取り組んできたのか」が大切になってくるはずです。
レースで失敗しときには暫く落ち込むことや気持ちが逃げてしまうことがあっても仕方ありません。しかし、いつまでも思考停止状態でいてはどの方向にも進むことが出来ないので、指導者や時に先輩や友人からのアドバイスをもらうことも必要にな時もあります。恐れずに結果と向き合いながら思考を重ねていくと、やがて問題点や改善方法を見つけ出せるようになり、更なる目標や方向性を再設定して再びモチベーションを高めることが出来るでしょう。
思考しながら対応する方法を見つけ出すという習慣は、失敗しても「折れない心」を育てていくことであり、この「折れない心」は将来どの分野で仕事をする上でも身に付けておくべき「強み」になると考えます。
泥臭い”昭和的”な厳しさは「折れない心」を育てるのに欠かせないエッセンスであり、今の時代だからこそ「昭和な教え」をしっかり吸収して、より強い選手となり我が校から巣立ってくれることを願っています。

中長距離・駅伝 コーチ
長谷場 壌(はせばゆたか)
平成元年生まれ
出身校:本郷高校/早稲田大学教育学部
国語科教諭
高校生という期間は、何か一つのことに本気で打ち込むことができる貴重な時間です。高校を卒業し、社会に出ると、自分の力で生活を成り立たせていかなければならず、そのために様々なことに時間を費やすことを日常的に迫られます。それゆえ、自分のやりたいことに一心不乱に取り組む時間を確保することが格段に難しくなります。ですから高校生には、高校生活3年間という時間を「何かに一所懸命に取り組む時間」として使ってほしいと、私は切に願っています。
では、「本気で打ち込む」「一所懸命に取り組む」とはどういうことを指すのでしょうか。「本気」や「一所懸命」とは、自分の全力を出すということになるでしょう。例えば、「本気で100m走を走りました」という人がいたら、それは自分の持っている全力で以て100mという距離を走ったというように解釈できます。では、「打ち込む」や「取り組む」とはどういうことなのでしょうか。こちらも例文を使って考えてみましょう。「本気で100m走を走る」というと、その時に出せる100%の力を使って100mという距離を最大限のスピードで走る、という解釈になります。一方で、「本気で100m走に取り組む」というと、これは先程と解釈が変わるはずです。こちらは、100m走のタイムを短縮するために様々な思考や努力を重ねる、という意味に取れます。思考や努力を重ねるということは、考えたり頑張ったりする回数は1度ではなく、時間をかけて何度も繰り返す必要があります。つまり「打ち込む」や「取り組む」とは、自身の能力を現状より高めるために思考や努力を重ねる、ということなのです。そして、「本気で取り組む」とは、自身の能力を現状より高めるための思考や努力に100%のエネルギーをつぎ込み続ける、ということなのです。
昨今、大学を卒業した新卒社員の3年以内離職率が30%を超えているという報道を耳にします。仕事を変えたり辞めたりすることの事情は様々あるでしょうし、心身共に耐えられないほど辛い思いをしているならば、その仕事を離れることは必要な決断でしょう。しかし、本気で打ち込むことの経験不足も、少なからずこの現象の背景にあるように思われるのです。
現状の能力を超えるための努力を重ねることには、多少なりとも必ず困難を伴います。そういう意味では、本気で打ち込むことは、困難に立ち向かう経験を積むことでもあるとも言えます。社会に出れば、無数の困難に遭遇することになります。そこでの明暗を分けるのは、困難に立ち向かった経験の有無だと私は考えます。もし社会に出る前に困難に立ち向かう経験をしていなければ、やはり社会に出てからもそれは難しく、逃げるという選択をしてしまうでしょう。しかし、困難に立ち向かい乗り越えたという経験があれば、その人は自身の経験を元に、困難から逃げずに立ち向かい、乗り越えていくでしょう。つまり、何かに本気で打ち込むことは、必ず社会に出て役に立ち、自分自身を助けてくれるのです。そしてもし、その何かが陸上競技であるならば、私はぜひその背中を押したい。
その人の現状によって困難と感じるラインは異なります。ただ、自己ベストの更新、順位の上昇、上位大会への進出は、いずれも困難を伴います。しかし、それを乗り越えた経験は、必ず社会を渡っていく力になります。保善高校陸上競技部は、本気で競技に取り組みたい人であれば、誰でも歓迎します。自己ベストやライバルといった困難に立ち向かい、共に高みを目指しましょう!
短距離コーチ
石井克弥(いしいかつや)
平成 6年生まれ
出身校:木更津高校/国士館大学体育学部
保善高校短距離ブロックでは100m、200m、400m、800m、ハードル種目の練習に励んでいます。
短距離ブロックの部員の半数は中学校の時に陸上競技未経験者です。
それでも経験者の部員と高め合っていき、メンバーに入って東京都で入賞する者も出ています。
短距離ブロックの練習では常にどうしたら勝てるのか、なぜ負けてしまったのかを考え、勝つために試行錯誤するように話しています。
また"チャレンジした失敗は活かせば成功のもと"と話しています。
どうすれば上手くなるのかどうしたら勝てるのか考え続けてトライしていくことはこの先必要な能力だと思っています。
部員たちは練習の間の休みで「ラスト何意識してたの?」「今日スタート〇〇が上手くいった。」などの会話があり、自分が成長するために必要なことを探しているように感じます。
このような積み重ねを続けていくことが大切です。
そうやって続けていくことで小さいことからでも自分自身を成長させ、自信をつけていってほしいと思っています。
短距離ブロックは陸上競技が好きな人、チャレンジしてみたい人なら誰でも入れます。
常に努力し頑張れる人、一緒に高め合っていける人を待っています。
